鏡よ、鏡この世で一番…

自作の小説の溜まり場

あかい海

眠れない海の音。

 


あかいあかい海の色。

 


胎児はあかい海を悠々と泳ぐ。

 

 

 

お母さんの栄養が胎児のいのち。

 


胎児よ、汝は何時まで与えられしあかい海を悠々と泳ぎつづける?

 


さもなくば、母なるものはお前を生む前に死んでしまうぞ。

 


すると、胎児は目すらまだない歪な顔でにやりと嗤った。

 


数日後、アパートの2階で栄養失調の母親が発見された。

 


お腹には、すくすく育った赤ちゃんが眠っていた。

少女殺し 〜 メイデン・キラー 〜

私、どこに居るの…?

 

 

 

気付けば、真っ暗な小部屋に手錠をがんじ絡めにされた私の腕"らしき"ものが、私の目にうつった。

 

 

 

 


ああ、そうか、と私は分かった。

 


分かってしまった。現実を。

 


私は、ずっと甘くて淡い夢をみていたのね。

 

 

 

そう、朦朧としたまま淡い記憶が走馬灯のように甦る。

 


私は、ネットで知り合った東京在住の薬剤師の男に連絡先を『機種変更するから教えて!』と言われたから内心は困っていたけど仕方なく教えた。

 


最初はグイグイ来る男の人が苦手だから、その人のアプローチには辟易していた。

 


辟易していたけど、私を『可愛い』ってたびたび褒めてくれて。悩みも『うんうん、辛かったね。』と優しく聞いてくれて。

何よりも、私を『他の男には穢されたくない』といわれたから内心戸惑いと恥じらいと嬉しさが入り交じった感情をおぼえた。

 

 

 

男性経験のない私は戸惑って男友達にこのことを話した。

 


不安と戸惑いという本音ばかりぶつけていたけど、男友達は 最後まで話を聞いてくれた。

 


気付いたら二時間くらい経っていた。

 


さすがに迷惑だったかもしれないから謝ったら、『全然いいよ。俺で良かったら頼って』といってくれた。

 


彼と違って安心する。

 


安心するからどきどきはしない。

 


だから“友達“なんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のなかで ネットで知り合った顔も名前も知らない男の人と毎日毎夜電話をするという体験が退屈な日常にほんの少しだけ甘美な毒で彩ってくれた。

 

 

 

でも、毒を盛りすぎたら死んでしまうから解毒剤で回復しないと。

 


男友達に彼がいっていた『ほかの男には穢されたくない』という言葉の謎解きを手伝ってもらおうと思って相談した。

 


男友達に『好きな人には、ほかの男に穢されたくないって思う?』と聞いたら、

 


男友達は『思う』と はっきり言い切った。

つづけて、『友達でも穢されたくないって俺は思う』といった。

 


それからもだらだらとまとまりのない私の話を聞いてくれた。

 


私は安心して眠くなってきたから電話を切った。

 

 

 

彼と話してどきどきしたら、男友達で癒される。

 


男友達は、そういう役割だった。

 

 

 

ある日、暑くて暑くて仕方なくて思わず 彼に『暑い…』と愚痴をいったら彼は嗜虐的な笑みを浮かべたような声で『裸になればいいじゃん。』といった。

 


私は恥ずかしかった。

 


恥ずかしかったけど、彼は『裸は健康にいい』というから臆病な羞恥心とともに服を脱いで生まれたままの姿になった。

 


彼に喜んでもらえて嬉しかったけど、いま思えば最初からこれが目的だったのかもしれない。

 


このことは、男友達にも話していない。

 

 

 

 


たびたび彼から『会いたい』と言われるたびに私は『二十歳になるまで待ってほしいです』と伝えた。

 


彼は、今すぐにでも会いたかったらしいけれど、私は写真ほど肌もすべすべで綺麗じゃないし髪も艶やかではない。

 


もうすこし、大人の綺麗な女性になるまで待っていてほしかった。

想いを抱いている男の人には、美しい姿でないと会うのが恥ずかしいの。それが女心というものだから。

 


けど、彼は私との約束を違えた。

 


彼岸花が咲き、月も半分欠けた夜にいつものように彼と電話していた。

 


彼は行きつけの居酒屋さんでとても酔ってるようで私が守ってほしかった「二十歳になるまで待っていてほしい」という掟を破った。

 


本当に怖かった。この話をずっとしていた男友達に話そうかと考えた。

 


けど、こうなったのも自業自得だ。

 


それに今まで利用しといて助けてほしいなんて男友達に申し訳なかった。

 


私は 私に下される運命の審判を受け入れよう。

 

 

 

それから彼は電車に乗って隣町のホテルで泊まることになったらしい。

 


そして、明日の朝に彼と会うことになった。

 

 

 

朝10時の電車に乗って私は彼のところに向かう。

 


平日の朝だから人はほぼいない。

無人駅だから駅員すらもいない。

 


私は、世界から取り残された感覚に陥った。

 


いや、私は最初から世界から零れ落ちていたから仕方ない。

 


それでも孤独を受け入れるほどの強さがなかったから知らない男の人と繋がったんだ。

 


待ち合わせ時間は11時だから まだはやいけど、最初で最後の彼とのデートプランを頭に思い浮かべていた。

 


まずは、動物園と遊園地を兼ねているテーマパークに行く予定だったけど、思いのほか高いから彼は恐竜が描かれた看板がトレードマークの科学館に行くことになった。

 


お昼はそこの二階にあるフードコートで食べて、それから海辺を散歩して…それからは…それからは、なんだろう。

 


そんなことを考えている間に待ち合わせ時間になっていた。

 


ピロリンってスマホが鳴った。

慌ててスマホをみると彼から『もう着いたよ』とメッセージが。

 


メッセージを打とうとしたら後ろが鈍い痛みに襲われた。

 


それから先のことは覚えていない。

 


ただ、目が覚めたら手錠でがんじがらめになった私の“腕“らしきものと“足“らしきものが目に映った。

 


『おはよう』と彼は妖しげな笑みを浮かべながら私の身体を舐めまわすようにみていた。

 


私は、キッと彼を睨んだ。

 


『その生意気な目はなんだい』といって彼は私の右目をナイフで抉った。

 


強烈な痛みで声も出なかった。

 

 

 

優しかった彼は豹変した。

いや、こっちが本当の姿だったんだ。

 


もうどうでいい。

 


どうにでもなってしまえ。

 


だまされていたことには薄々気付いていた。

 


気付いていたのにのこのここんなところまできたのは、心のどこかで殺してほしかったから。

 


きっと、ニュースで報道されている女の子もこんな心境だったんだと思う。

 


私たちは共犯者だ。

 


もう元に戻ることなんてできない。

 


『美しくなったねぇ…』と彼は血塗れになった腕も足もない服も剥ぎ取られた胴体をみていった。

 


幸い、まだ頭は繋がっているから生きてはいる。

 


いや幸いですらもうないか。

 


不思議とつらくないから涙すら流れない。

 


それどころか痛くて叫びすぎて声すらももう出ない。

 


彼はまた妖しげな笑みを浮かべて乳首を引っ張ってハサミで切った。

 


そして私の触れられたくないところを触れた。

 


『こんな状況なのに、反応するなんて君は女だねぇ』と彼はうっとりしながら、ぬるぬるとしたところを触れた。

 


私は処女までも奪われた。

 


彼はそんな私に血にまみれたウエディングドレスを丁寧に着せた。

そしてそのウエディングドレスをハサミで切り裂いた。

 


彼は綺麗なものを眺めるように私をみつめた。

 


私はもう意識すら奪われていた。

 


プルル…と私のスマホから鳴っていたけど、彼はスマホを叩き割った音だけがぼんやりと聞こえた。

 

 

 

 

 

 

おかしい、電話が繋がらない。

いつもはすぐ繋がるのに。

 


それから何度も電話とメッセージを入れたけど、一向に既読もつかない。

電話も繋がらない。

 

 

 

さすがにおかしいと思って、あいつのことを調べることにした。

 


とりあえず、あいつの知り合いや友達、家族に聞いたけど、昨日から戻ってきていないらしい。

 


お母さんは泣きじゃくっていた。

 


警察に捜索届けを出したけど、まだ見つかっていないし夏くらいから知らない男と話していたのに止められなかったことで自分を責めているようだった。

 


情報を集めているうちにあいつらしき女が30代くらいの男と出歩いていたのと、様子が少し変だったから間違いないと確信した。

 

 

 

犯人に鉢合わせたときのためにBBガンを持って俺は急いでそこに向かった。

 


外が暗くなってきた。

 


やっと山奥の小屋を見つけた。

 


そこにあいつがいる。

 


あいつが犯されていませんように、と無事を祈った。

 


ようやくあいつに会える。

 


そう思いながら、扉を開いたら変わり果てた姿のあいつがいた。

 


血塗れになったあいつ。

 


腕も足も無惨に散らばっている。

 


綺麗な目も潰されていた。

 


俺は泣き崩れた。

 


ごめんな、ごめんな。

 


もう少しはやく気付いていたら。

 


いや、最初から会わせないようにしといたら。

 


あいつの長い黒髪を手に取って『俺は、お前が穢されてほしくなかった』といって髪にそっとキスをした。

 


そんな俺を見守るように、月は優しく微笑んでいるようだった。

 

 

 

彼岸のあなたまで…

彼岸。悲願。此岸。

 


あなたにもういちど会えること、それが私の悲願。永遠に叶えられないねがい。

 


まだ夏の暑さが残る日差しを浴びて少し汗ばみながら野菜と花を買いに買い物に向かっていく。

出掛ける前にほんのり香る死の香りをしたあなたの遺影にそっとキスをする。

 


それが私の日課

 

 

 

買い物に出掛けて野菜も買えたし後は花を買うだけ。

 


花屋に向かおうとしたら、ふと一輪の彼岸花が目に止まった。

 


それは珍しいまっしろな彼岸花だった。

 


いまごろ 私が着るはずだった白無垢を思い出す。

 


思い出して白い彼岸花に涙を零してしまった。

 


そうしたら、白い彼岸花がくわっと開いて私を飲み込んで行った。

 


それから先のことは思い出せない。

 


ただ、気付いたら星すらもない真っ暗なところにいた。

 

 

 

なぜか赤い彼岸花のベッドで横たわっていた。

 


『お目覚めですか』とキョンシーがにゅっと出てきた。

 


びっくりした。

だって、急にキョンシーが出てきたのだから。

 


そんな私に構わずキョンシーは『さあさあ、新婦様そんな地味な出で立ちだと新郎様にがっかりされますよ』といって、おでこに貼っていた御札をまっしろな彼岸花のドレスに変えた。

 


まるで、シンデレラの魔法使いのよう。

 


目を輝かす私を気にせず キョンシーは『さあさあ、新郎様がおいでなすってますぞ』といって御札からあなたを呼び出した。

 


ああ、やっとあなたにもういちど会えた。

 


あなたは『おまたせ』といって私を抱きしめた。

 


私はあなたの胸で久しぶりに嗚咽をもらした。

 


こんなに嬉しくて泣くのははじめて。

 


その瞬間 彼岸花がひらひらと宙から降ってきた。

 


私たちがふたたび巡り会えたことを祝福するように。

 

 

 

 


あなたは、ごめんねごめんねと何度も何度も謝ってきたから私は『ねぇ、今キスして。』と、あまくおねだりしてみた。

 


あなたは、そっとキスをした。

 


やっと、悲願がかなった。

 


私は、ずっとあなたと一緒にいたい。

 


これからも。ずっと。

 

 

 

永遠にあなただけを想いつづけます。

 


もう離しません。

 

 

 

もう戻りません。