鏡よ、鏡この世で一番…

自作の小説の溜まり場

翡翠色の指輪と秘密の冒険

ピピピピピ。5時半に目覚ましが鳴り響く。

寒いし眠いからまだ布団にくるまりたいけど、夢を叶えるために時間を無駄にしてはいけない。

まだ朧げな瞳のまま起き上がって顔を洗いに洗面所まで向かう。

顔を洗うときに澄んだ空気と相まって水が冷たく感じた。

だけど、冬の澄んだ空気は気が引き締まるから嫌いじゃない。

あと数時間したら、医学部の合否発表が張り出される。

そわそわして落ち着かない。どうか、受かっていてほしい。

もう、そろそろ母を起こしに行かないと。
もし大学に受かったらこうして起こしに行くこともなくなるから少し心配。受かったらの話だけど。

目覚ましがピピピピピって鳴っているけど、母の起きる気配はない。

しかたないなぁ。

まずは、カーテンを開けて太陽光フラッシュ攻撃だ。

うぅ、眩しい、と母がつぶやいた。

さて、ここからが戦いだ。

『ママ〜!おっきろー!』

そう言って母から布団を引き剥がしたら母はうわぁぁぁって叫んだ。

『ママ、おはよう』って挨拶をして『おはよ〜…』って返した母はまだ眠たそうだ。


朝ごはんを一緒に食べて母は『今日、合否発表でしょ』って言ってきた。

ああああ、思い出しただけでドキドキしてきた。

そんな私をみて母はニヤニヤしながら『あんた医者になるの夢だもんね〜』って言ってきた。

『そうだよ。これでやっとおばあちゃんみたいな人を助けることができる人になれる一歩を踏み出せる』と言ったら母は『ま、頑張りな』って言ってガッツポーズをしていた。

私は思わず笑った。


『おっと、もう8時か。そろそろ行ってくるわ』

『うん、行ってらっしゃい。』

これが、最後の会話になることをそのときの私は知らなかった。

 

『あ、私もそろそろ見に行かないと!』

そう言って家を出て第一志望の医学部に向かっていった。

大学に着いて私の番号があるか手にダラダラ汗をかきながら探していた。

82番。82番。82番。

あった!

やった!受かっていた!


これで医者になれる!

おばあちゃんみたいな人を助けられる!


浮かれてスキップしながら帰っていたら。


私はトラックに轢かれていた。

それから先のことは知らない。

 

 


私は母子家庭だけど、母は母なりに母親の義務を果たそうとしていた。
寝る前に『生まれてきてくれてありがとう』って言いながら優しく寝かしつけてくれたっけ。

父は私が2歳の頃に母と離婚してるけど、毎年誕生日には誕生日プレゼントとクリスマスにはクリスマスプレゼント、お正月にはお年玉をくれた。
きっと律儀な人なんだろうなぁ。
会ったことのない父の性格をなんとなく想像してたりしたなぁ。

亡くなったおばあちゃんの家に母が仕事終わるまで預けられていたなぁ。
おばあちゃんは厳しい人だったけど、紅茶を入れてくれたり私の大好きなパスタを作ってくれたりしたなぁ。懐かしい、な。

 

高校に入って1ヶ月経ったときにおばあちゃんは天国に旅立った。

旅立つ前に『私、お医者さんになって病気の人助ける。それが私の夢』とおばあちゃんに打ち明けたら、おばあちゃんは『絶対に叶えるんだよ。お前なら、なれるって信じてるから』と言ってくれた。

交わした約束を果たす。絶対に何があっても。絶対に。


そう思っていたのに。

 

ああ、おばあちゃん許してください。

そして、ママ、パパ、こんなところで死んで、ごめんなさい。

 


目が覚めたら、病院のベッド…ではなくて、真っ黒な部屋に辿り着いていた。

『お目覚めですか。』

低いハスキーボイスが聞こえた。

その瞬間に青い炎とともに死神のような男がニヤニヤしながら『ああ、親不孝者の娘さんよ。いらっしゃい』と言った。

私は訳が分からず、『ここは…?』と聞いた。

男は、『ここは始まりと終わりの間です。』と淡々と言った。

始まりと終わりの間?
ますます、訳が分からないというのが顔に出ていたらしく、男が面倒くさそうに
『そんなことも知らないのですか。まあ要するにあなた、生と死をさまよってるんですよ』と説明した。

『さ、この扉をあけたら”裁判”ですよ』と言って男は重厚そうな扉をあけた。

そこは、トランプ兵に分厚そうな本が浮いていてハートの椅子にはハートの女王のような人が不機嫌そうにしていた。


ハートの女王のような人は私に気付いて『裁判を始めるよ』と気だるげに言う。

『お前は、家族がいる子供でありながらこの世界に迷い込んだ。それは罪深いことだ。』と女王は言い切る。

私は女王に負けないように『なぜ、そう言い切るのですか。』と言った。

女王は、『なかなか強気な娘だねぇ。』と言い、隣にいた死神は不味そうな顔をしていた。

死神は、『ですが、女王さま。』となにか言おうとした。

女王は、『なんだい。』とふてぶてしく聞き、死神は『鏡をあの娘に見せてはいかがでしょう?』と黒い笑みを浮かべながら提案し、女王も死神のような笑い方をして『いいだろう。』と承諾した。

鏡には、病院のベッドで昏睡状態になっている私と泣いている母と父が写っていた。

あの母が、泣いている。

いつも絶対に泣かなかった母が、泣いて、いる。

戻らなくては。

こんなところで負けている場合じゃ、ない!

キッと死神を睨んで死神は少し怯んだ。

女王は興味深そうに『お前、なかなか面白い娘だな。』と言い、鏡のところに連れて行き私の背中を押した。

そうして、鏡の中に入って辿り着いたのは。


とても美しい白い彼岸花が一面に広がっている。

空を見上げたら、満面の星が綺麗だ。

蛍が控えめに光っている。

私の目の前には川があった。

死神があらわれて、『さようなら、あなたは元の世界に帰れます。』と残念そうに言った。

死神がそう言った瞬間、彼岸花が宙から降ってきた。
そのときに見覚えのある翡翠色の指輪が落ちてきた。

ああ、おばあちゃん。

許してくれたの。

『最後にあなたに秘密を教えてあげます。』

『女王さまは実は、あなたのー』

 

気が付いたら、病院のベッドで目覚めていた。

母は『よかった!よかった…!』とせっかくのメイクが崩れるくらい泣いていたみたいだ。

父も目覚めた私をみて目が潤んでいた。


なんだか、長い夢をみていたみたいだな。

そう思いながら指を見たら。

翡翠色の指輪が嵌められていた。

どうやら、この冒険は私しか知らない私だけの秘密なんだよね。

ハートの女王さま、いいえ、おばあちゃん。


窓を見たら目覚めた私を祝福するように雪がしんしんと降っていた。